2015年(平成27年)は、江戸幕府を開いた「徳川家康公」没後400年に当たるそうです。

そうです。という表現を使ったのは、数日前まで気付いていなかったのを恥じたためです。

徳川家の譜代の家来には、「岡崎以来」とか「安城以来」「山中以来」という分け方が有るそうです。
以前の記事で「三河物語」に触れましたが、この原作者・大久保彦左衛門などは、「大久保家は、信光様からこのかた、九代にかけて徳川家(松平家)にご奉公した」と書き記しています。

藤川を含む、岡崎・額田などには、大久保家と同じように徳川家の天下統一に協力した人々(家々)や、それに関係した人(家)、場所などが多く、それらは今も少なからず存在しています。

そんな藤川に住まいながら、家康公没後400年という大きな節目に気づいていなかった事が恥ずかしく思われました。

数日前、豊橋の人との会話の中で聞かされたことだったので、その方も詳しくはなく、「400年だったかなぁ?500年だったかなぁ?」などと言われたのですが、これは調べておかなくてはいけないと思いました。

グーグルで検索すると、多くのサイトが見つかりました。

しかし、ほとんどのサイトが「地域活性化」という「便乗商法」に近い内容であることにがっかりしました。

家康公没後400年をもっと違う目で捉えて、家康公の事績を顕彰し、それを通して地域が活性化していく。というのが本来のあり方だと思うのですが、これに限らず近頃では、先に「地域活性」が来てしまい、それに利用される形で「顕彰してみようか」的な思惑が透けて見えてしまします。
もっと純粋に遺徳を讃えたり、事績を顕彰することを考えていただけたら嬉しいんだけどな。