岡崎市の市政だより おかざき に「おかえりなさい、ふるさと岡崎へ」という記事が掲載されました。

今年は、徳川家康公没後400年(400回忌)ということで、毎年4月の第1日曜日に行われる「家康行列」に何人もの縁ある人たちが参加されると聞いていましたが、行列のある岡崎中心部からは離れているここ藤川では、なかなか実感もなく、どんな方が見えていたのかもわかりませんでした。
TVニュースでも、雨の中の行列で大変だったようだという事と、縁ある人が行列に参加したことくらいしか報道されなかったようで(見落としていたのかもしれませんが)少しばかり残念でした。

この記事によると家康行列の前日、次のような方々が集まって対談をされたようです。

徳川御宗家第十八代当主「徳川 恒孝(つねなり)氏」
徳川御宗家第十八代当主夫人「徳川 幸子(さちこ)氏」
徳川四天王本多家第二十二代「本多 大將(ひろゆき)氏」
徳川四天王酒井家第十八代「酒井 忠久(ただひさ)氏」
徳川四天王榊原家第十七代「榊原 政信(まさのぶ)氏」
徳川四天王井伊家第十八代「井伊 直岳(なおたけ)氏」
旧西大平藩大岡家第十五代「大岡 秀朗(ひであき)氏」
旧奥殿藩大給家第十四代「大給 乘龍(のりたつ)氏」

対談の内容はページ数の枠内という事もあるのでしょうが、いささか盛り上がりに欠けるのですが、本多氏のこの言葉には「さすが」と思いました。
本多 祖母から、代々当主が亡くなると一緒に刀を納めると聞きました。父が他界したときにお墓を開けましたら、8本から10本くらいの刀が棹(さお)と一緒に葬られており、本当だったのかと驚きました。

この本多氏は、平成24年に東公園内に移築され公開されている、最後の岡崎藩主・本多忠直公のご子孫になるのですね。

しかし、せっかくこれだけの方にお集まりいただいて対談されたのですから、もう少しボリュームを割いて掲載していただくか、別の方法で(例えば市のホームページ上で)しっかりした内容が読めたらもっといいのになぁと思いました。

※市政だより おかざき No.1263 より採録させていただいましたことをお断り申し上げます。