年が改まり、今年は乙未(きのと・ひつじ)。未は万物の成熟を表すのだそうです。そして羊は善・美・祥などという漢字にも含まれますから、そうした美しく祥ある善い年になって欲しいですね。(もちろん自分がそのように努力するのが前提ですね)

さて昨年末、お墓の掃除をしてきました。
関山神社の脇に二十家くらいの墓があるのですが、既にきれいに掃除されたお墓が多く、ご先祖様には「お待たせしてしまいましたね」とお詫びしつつの掃除でした。
これがきっかけでしょうか、大みそかには何となく気になって過去帳を見直してエクセルでデータを整理していました。
そうした中に前から気になっていた方の事をネットで調べてみたのです。
この方は、戒名の他に「東京 芝 中ヤ万吉 母」と書かれているのです。

ここ藤川で埋葬された方なのに何故?という違和感と「中ヤ万吉」という名前が前から気になっていたのです。(なんとなくどこかで見聞きしたような)

「母」とあるからには、子供を産んでいる訳で、そうだとしたら結婚して嫁いだことになります。

「東京 芝 中ヤ万吉」の「母」。
東京に嫁したのか?
息子が成人して東京に出たのか?
わざわざ息子の名前が記してあるのはどうして?
なぜ中ヤ家の墓に入らなかったのか?

色々な疑問が有ったのに、これまで調べたことが有りませんでした。
すでに亡くなっている父にも祖父にも、聞かされたことはありません。

グーグルで「中ヤ万吉」で検索すると「中屋万吉」という鋸職人で有名な方がいらしたようです。
亡くなった年代は、明治一桁なので、関係あるかもしれません。
それに中屋万吉というのは屋号にも似て、三代続いた名跡でもあるようなのです。
ただ、「三条の名工、中屋万吉」と紹介されている場合が有り、三条(新潟)だとすると「東京 芝」という過去帳の記述とは異なる事になります。

そこでもう少し検索の幅を広げて調べていると下記のページにたどりつきました。

古典籍総合データベースという早稲田大学図書館内の情報です。

ここには芝神明前(江戸) : 中屋万吉, [出版年不明]とあります。

これは合致する可能性が高い!と思ったのですが、出版年も不明ですし、古典籍のタイトルとして「御誂喜世留所 : 地張 オアツラエ キセルドコロ : ジバリ」とあり、鉄に関係が有るとはいっても鋸(のこぎり)とキセルでは違うのかなぁという曖昧な状況です。

この古典籍は広告のようですから、このページで見られる以上の情報は、早稲田図書館に行っても得られそうにないなぁと嘆息しています。

それでも藤川の女性が「東京 芝」の「中ヤ万吉」という人を生んでいる、ということで今は良い事にしておこうと思います。

どなたかお詳しい方がいらっしゃいましたら、ご連絡いただければ幸甚です。

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