家康公は岡崎で二度生まれた

家康公は岡崎で二度生まれた一昨日に見つけたこのポスターの「家康公は岡崎で二度生まれた」というコピーについて、「何の事だろう?」という疑問がありましたので、岡崎市役所観光課へ問い合わせてみました。

皆さんは、このコピーを読んで不思議に思いませんでしたか?

直ぐに言わんとするところが理解できたのなら素晴らしい直観力と歴史知識をお持ち方なのでしょね。残念ながら私は???「家康公って岡崎以外でも生まれたという説でもあるの?」と「岡崎以外でも生まれたというなら三度も四度も生まれた?」「家康影武者説?」と疑問符だらけでした。

観光課の人に教えていただいて合点がいきましたが、この意味はポスターの構成と、右上に小さく記された文章にありました。

先ずポスターの上部は「岡崎城」ですね。言わずと知れた「家康公が生まれたとするお城です」

そしてポスターの下部は、大樹寺の大門を通してみた岡崎城ですね。岡崎では、これをビスタラインと呼んで、この景色の間に邪魔をする建物が建てられないという条例が有ります。(岡崎城の映りは小さいので、よ~く目を凝らさないと見えません)

説明書きそしてポスター右上の説明が下記です。

天文11年(1542)12月26日、岡崎城でその生を受けた家康公。

そして19歳の折り、最大の危機を迎え自害を果たそうと訪れた大樹寺で復活を誓い生まれ変わったという。

岡崎は家康公が二度生まれた場所。

 

これではっきりとしましたね。(^_^;)

 

 

ポスター上部ポスター下部意味を理解できてすっきりしました。

 

家康公は岡崎で二度生まれた” に対して4件のコメントがあります。

  1. せきあ より:

    私の記事ですが、三河新四国八十八ケ所参り 2巡目 ~ 三日目でhttp://89446138.at.webry.info/201505/article_10.html
    大樹寺で一度自害をしようとして住職に諭され思いとどまったという逸話を残しています。

    一度確認してみてください

  2. fujikawa より:

    せきあさん、こんにちは。
    これから数日、梅雨の合間なのに暑い日が続くという予報で外出は大変ですね。

    さて、せきあさんの記事を読ませていただきました。
    大樹寺にはお参りしたことは有ると記憶しているのですが、弘法大師をお祭りしているのは知りませんでした。(^_^;)
    三河新四国八十八ケ所の札所なのですから、よく考えたら真言宗と関係あるのですね。
    登誉上人の「厭離穢土、欣求浄土」という言葉は、これ以後の松平勢(徳川勢)の旗印になるわけですが、この言葉の意味に少し注意が必要なのかもしれないと考えています。

    「厭離穢土」汚れた土地を厭(いと)い離れる。
    「欣求浄土」清らかな土地を欣(よろこ)んで求める。
    と言葉的には解説されるのですが、ここでいう「厭う」、「欣求」。そして「穢土」「浄土」をどう見るかによって意味合いは大きく変わってくるからです。

    大樹寺が浄土宗のお寺さんという事は、天台宗に縁が深いのでしょうが、上記のように空海とのご縁も有るようで、真言宗との縁も有るのでしょう。
    そうすると天台・真言という宗派ではなく、密教という括りで見れば、そういう系統を辿ってきたお寺さんなのかもしれません。
    浄土宗を開かれた法然上人も、元は天台宗で修行された高僧ですから、当然、密教も修学されたと思われます。(天台宗は、円密二教を大切にされますから。円とは円教:法華経であり、密とは密教の事ですね)
    そう考えてくると、兵卒や民衆は分けて考えてもいいと思いますが、登誉上人が言われた「厭離穢土、欣求浄土」には、「穢土であるこの世を厭い、来世に浄土に生まれ変わる。それには阿弥陀様を一心に念じ、南無・阿弥陀仏とその名号を唱えることが第一である」という意味には留まらない可能性があります。(ある意味、この言葉には戦で死んでも浄土に行けるんだから、それを望め。みんな浄土に行けるぞ!という意味合いで受け取られいる)

    しかし、この後の家康の人生が示すように、「浄土が来ることをひたすら信じ、その為にはこの世でできる最大限の努力を惜しみなくしていこう」という密教的な面が見えるように思います。
    だから天下が幸せになり、戦国の世に戻らないような仕組みを種々考え出し、その為に自らが長生きできるように薬草などの力を借りながら健康で長寿ができるように頑張ったともうけとれます。

    一度自害をしようとした家康(元康)だっただけに、その覚悟は大きかったのではないかと思います。
    この時点で、生きていく目標が大きく変わったともいえるのではないでしょうか。

    1. せきあ より:

      歴史の素晴らしい解釈ありがとうございます
      私は「浄土が来ることをひたすら信じ、その為にはこの世でできる最大限の努力を惜しみなくしていこう」と解釈していました
      確かに仏教なので、「穢土であるこの世を厭い、来世に浄土に生まれ変わる。それには阿弥陀様を一心に念じ、南無阿弥陀仏とその名号を唱えることが第一である」なのですが、家康公がこの考え方で自害を思いとどまったとは考えにくいですね
      私の軽い記事に丁寧な説明
      ありがとうございました

  3. 藤川宿 より:

    せきあさん。こんにちは。
    「家康公は岡崎で二度生まれた」
    このコピーについて数日前、面白い話を聞きました。
    歴史好きな方なのですが、たまたまこのポスターの事をお話したら、「それは面白いですね。このコピーを考えた人は、もしかしたら『カラマーゾフの兄弟』を読んだことが有る人じゃないかな」と言われたのです。
    ドエストフスキー作「カラマーゾフの兄弟」
    残念ながら読んだことが無いのですが、この方が言われるには、登場人物の3兄弟の末っ子が、修道僧になるほどの人だというのですが、この人が線路に横たわって仮死体験をするのだそうです。そこで生まれ変わったように人格が変わるんだそうで、「一度自分は死んだと思うほどの体験をすると、本当に生まれ変わったようになるらしいですよ」と教えていただきました。
    だから「カラマーゾフの兄弟」を読んだ人なんじゃないかなぁ!と言われたわけです。
    長編小説らしいので、読める機会があるかどうか分かりませんが、ちょっと気になったお話でした。

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