家康公は岡崎で二度生まれた一昨日に見つけたこのポスターの「家康公は岡崎で二度生まれた」というコピーについて、「何の事だろう?」という疑問がありましたので、岡崎市役所観光課へ問い合わせてみました。

皆さんは、このコピーを読んで不思議に思いませんでしたか?

直ぐに言わんとするところが理解できたのなら素晴らしい直観力と歴史知識をお持ち方なのでしょね。残念ながら私は???「家康公って岡崎以外でも生まれたという説でもあるの?」と「岡崎以外でも生まれたというなら三度も四度も生まれた?」「家康影武者説?」と疑問符だらけでした。

観光課の人に教えていただいて合点がいきましたが、この意味はポスターの構成と、右上に小さく記された文章にありました。

先ずポスターの上部は「岡崎城」ですね。言わずと知れた「家康公が生まれたとするお城です」

そしてポスターの下部は、大樹寺の大門を通してみた岡崎城ですね。岡崎では、これをビスタラインと呼んで、この景色の間に邪魔をする建物が建てられないという条例が有ります。(岡崎城の映りは小さいので、よ~く目を凝らさないと見えません)

説明書きそしてポスター右上の説明が下記です。

天文11年(1542)12月26日、岡崎城でその生を受けた家康公。

そして19歳の折り、最大の危機を迎え自害を果たそうと訪れた大樹寺で復活を誓い生まれ変わったという。

岡崎は家康公が二度生まれた場所。

 

これではっきりとしましたね。(^_^;)

 

 

ポスター上部ポスター下部意味を理解できてすっきりしました。