関山神社に参拝してきました。
関山神社鳥居国道1号線からすぐの場所に常夜灯と共に鳥居が有ります。

この前の道が未だ舗装されていないころ、道に落ちている石ころを拾って鳥居の上に投げあげて遊んだことを思いだしました。

石が落ちてこないように鳥居の上に乗るとイイことがある!と子供たちの間では言い伝えられていて、秋祭りなどでなくても、ここで石を投げあげていたものです。

今考えると、鳥居の上に上がった石が、風などで落ちてきたら危ないなぁと思うのですが、子供にはそんなこと分からないので夢中になって、競い合って投げ上げたものです。

関山神社 石段を上り振り返ると石段を上って振り向いてみると、いまも鳥居の上に残った石がいくつか見受けられました。
まさか自分が投げ上げた石ではないでしょうが、それを見ただけでタイムマシンに乗ったように、子供時代に戻った気がしました

 

 

 

 

 

 

関山神社 本殿石段を登りきると本殿です。
お賽銭をあげようとしたのですが、賽銭箱が有りません!

昔は確かにあったはず!
と思いながらも「今のご時世じゃ仕方ないのかなぁ」と嘆きつつ、二拝二拍手二拝で神様にごあいさつしました。

写真に写っている建物の奥にも、もうひとつ建物が有るのですが、そちらが本殿になるのかもしれません。

神様は、そちらにお住まいなのかな?

関山神社 奥の宮登り口目を右側に移すと、奥の宮への登り口と鳥居が見えます。

また、その手前には「若宮」があります。

 

 

 

 

関山神社 社記立派な石造りの社記が有ります。

これを読ませていただくと祭神は
天手力雄命(あめのたじからおのみこと)
須佐之男命(すさのおのみこと)
仁徳天皇(にんとくてんのう)
で、須佐之男命と仁徳天皇は、明治41年に合祀されたとあります。

天手力雄命は、天照大御神が岩戸に御隠れになった時、神々が相談して策を巡らし、天照大御神が岩戸から外を見ようとされた時に岩戸を開けて天照大御神を外にお出ししたという神様です。力を象徴する神様なわけですが、本地垂迹では不動明王が天手力雄命になるのだそうです。※参照(ウィキペディア

この社記に「往古当社は赤山大明神と奉称」とありますが、藤川の浮世絵に出てくる通りです。

関山神社

つづきます。

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