駒の爪岩写真中央に写っているのが「駒の爪」と古来からよばれる奇岩です。

いまは樹木がうっそうと茂る藪の中にあり、目につきにくくなってしまいましたが、ここを通る古道が利用されていた往時には、おそらく道端にあって旅人の目に多くとまって、珍しがられたと思います。
さらに藤の花が自生していて藤の名所としても知られ多くの歌が詠まれた場所でもあります。

この岩は、高さ1.2メートルほど、幅と奥行きは1メートルほどで、花崗岩と思われる丸い石(直径1メートルほど)を、取り囲むように別の石(厚さ20センチほど)が周りを覆っていて、馬の蹄のように見える事から「駒の爪」と呼ばれるようになったようです。(いまどき見かける馬は、古来の日本の馬と異なり、西洋から輸入された競走馬ですから、蹄の形も違うかもしれませんね。それに競走馬は蹄鉄をしていますからなおさらです)

昔話に、この地に神馬(かんば)が降り立った時、神馬は西に走り、後ろ足の右の蹄が扇子山(せんすざん)の駒岩にかかり、踏み出した前足の左の蹄がここ(駒の爪岩)にかかった言われます。

この神馬が向かったと言われる西方には「神馬崎(かんばさき)」という地名が残ってます。

また神馬崎の北東には「船山神社(ふなやまじんじゃ)」という神社が有りますから、神馬崎の「崎」、「船山」という水に関係した地名から、昔このあたりは豊富な水量があった河(山綱川?)があって、生活に欠かせないものだったのでしょう。

※船山神社には真偽は不明ですが、松平宗家三代・信光の子・松平左馬亮算次の居城跡との伝承が有るそうです。

額田郡誌(大正十二年刊)には駒の爪あたりの藤の花を詠んだ歌として以下のようなものが残っています。(昭和30年ころまでは額田郡藤川村でした。)

誰かすみ都の辰巳しかはらでこはあづま路のうち川の里
                                永享四年覧富士記(1432) 堯孝   ←(室町時代ですね)

藤川のふち瀬もしらず纚(さで)さして衣の袖をぬらしぬるかな
                                                          方與  好忠

かはれども昔の宿のゆかりぞと紫匂ふ花の藤川
                                                          紀行  浄友

駒の爪岩昭和55年から始まった河川改修(護岸工事)と圃場整備によって、この辺りの風景は大幅に変わってしましました。
水害を出さないこと、稲の収穫量を増やすことを考えれば仕方ない事ではありますが、昔ながらの風情が消えていくのは寂しいものです。

こうした写真などで少しでも記録を残し、後世の人に伝えていくことが大切だと思います。

なお、ここで使用させていただいた写真は、何回も藤川を訪れ、苦労の末に駒の爪を見つけられたS氏のご厚意で掲載させていただきました。深くお礼申し上げます。

こちらにその時の記事が載っていますので、ご参照いただけたら幸いです。

 

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